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ゲームデザイナーになる夢とゲームが好きだったということ

小学生の頃はゲームデザイナーになりたかった。小学校の卒業文集にもそう書いてある。

でも、どんなゲームを作りたいかは書いてなかったと思う。

 

中学になってプログラミングやアートが無理だと思い、制作に関わるのは早めに断念した。

経営側につこうと志しながら、音楽をたしなんだり、英語など文学よりの勉強をした。

高校ではほぼゲームに触れなかった。テニスとギターと勉強がすべてだった。

大学進学が推薦で決まり、アルバイトを始めて貯金ができたくらいから、ゲームセンターにはまった。

友達が少なく、数少ない友達も受験勉強に忙しく相手にされなかった反動だと思う。

ゲームセンターに通いたくてアルバイトをしている状況になった。

大学に入ってもゲームセンター癖は抜けず、金回りが悪くなったので自作PCでPCゲームに切り替えた。

Age of Empires III にはまり、世界ランキングに乗るレベルまで順位を上げた。

PCゲームにはまった後は、PCパーツを買うお金を稼ぐために秋葉原のパーツ卸業者でアルバイトをしていた。

 

卒業論文のゼミ合宿を行う頃には、ゲームをしないと手が震える廃人的な症状が出ていた。

そんな症状が出る中でも成績(GPA)は3.8以上だったか近くだったかで割と上位の方で卒業。

大学在学中に簿記2級、TOEIC 990点、初級シスアドまで取得していた。

 

新卒就職先は有名なゲーム会社で当時日本一のパブリッシャーだったと思う。

三大商社の最後の方の面接まで行って、ゲーム会社に内定をもらっていることをバカにされて、怒ってしまった。

たぶんそれで商社は落ちた。

ゲーム会社でも、いきなり3桁億の投資がならぶ予算書や企画書を毎週見られる仕事に就き、

その投資妥当性を判断するための材料を集める調査業務も行った。

廃人時代に培ったブラック耐性で深夜帰りはお手の物だった。

仕事の仕方はどんどん覚え、転機が訪れた。

会社の仕組みを変える大仕事。

半年で概念化、プロセス設計、システム化、書類整備、手続き化を終え、1.5年ほど運用しただろうか。

普通に10年もつ仕組みができていたと思う。もう9年ほどたつが運用されているらしいし。

 

さて、そんな設計業務に向いていることを自覚しながら、

現場の仕事がしたいとマーケティングに手を出した。

後に自分が最も重要視することになる、一気通貫のコミュニケーション設計が無自覚でできていたので、

1年もしないうちに売り上げ貢献No.1になった。飽きた。

上司もパワハラ気味のヴァンパイアだったので職場も嫌になった。

 

飽きたので転職した。爽やかな色味の方のRに行った。

着任直後のプロジェクトは成功しないことが見えていたので別の機会を探りまくった。

半年で持ち株会社の役員級直下案件に携わった。

社内表彰されるレベルの仕事ができた。自分でも成果に驚いた。

 

そのあと、死にそうな目にあった。癌が原因かわからないけれど下血がとまらなくて本当に死ぬ寸前だった。

癌は切除して下血も治って命は助かったが、ここから仕事観が大きく変わった。

好きなことがしたいと思った。

 

好きなゲームの宣伝ができるポジションがあった。

受けたら受かった。やってみたらしんどかった。シリーズ物で唯一爆死した作品を担当した。

ユーザーの声がつらかった。でも一番、コミュニケーション設計の勉強になった。そんな辛い作品を作った開発者はもっとつらかっただろう。

代理店さんワークもここで学んだ。

2作目は大ヒットだった。日本のプレイヤーが世界に挑戦できる舞台も用意できた。

 

日本の1番の表彰台にも上った。名だたる日本のクリエイターが同じ壇上にいて恐縮だった。

でも実力でその壇上に上がった自負はあった。

そのころには自分も昇進して、より政治に対峙することが多くなっていた。

壇上に上がった時には次がもう決まっていた。

 

次の職場は政治のないところで選んだ。ゲームは今の職場が条件にしていて、自分はそこまでゲームにこだわっていたかは今ではわからない。

入った瞬間政治だらけだった。

幸い、職場には通報機能が整備されていて、通報しまくったら半年で環境が改善した。助かった。

 

今もゲームには関わっている。

技術的には最先端な案件にかかわっているが、その自負はあまりない。熱もそこまでない。

たぶん、自分の中でゲームは完全に仕事になっていた。趣味でゲームをしていたころが思い出せない。

 

今日、Switchを箱に詰めなおした。週末に売りに出す。

趣味のゲームはもう、だいぶ前からしていなかったけど、ようやく気付けた。

たぶんもう自分はゲームが好きではない。

 

でもこれでよい。自分は趣味を仕事に昇華できた。おかげで別の趣味ができることに気づけた。もっと大勢と同じ時間と体験を共有できる趣味を。

ゲームもいつか、より大勢の人が同じ時間と体験が共有できるようになりますように。

いや、願いというよりか、仕事でゲームをそこまで昇華させよう。それは、趣味ではなく、仕事として。

 

 

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